2012年8月18日土曜日

労働者階級の英雄

このところいじめの問題とか、生活保護の問題とかが気になっていて(生保の問題についてはたとえばこんな記事)、その度に頭の中に響く歌がある。英語の歌で、歌詞がちょっとわかりにくい。訳している人は何人もいるけど、ちょっとしっくり来ないんで自分で訳してみた。英語の元の詩は、たとえばこんなところにある。

生まれた瞬間から肩身がせまい、やつらがそう感じさせるんだ

 

時を与えず、それ以外のすべて、苦痛の種とかをあたえることで

 

痛みは大きくなっていき、そのうち何も感じなくなるのさ

 

労働者階級の英雄ってのはちょっとしたもんだぜ

 

 

 

家では傷つけ、学校では打つ

 

賢けりゃ憎まれ、バカなら蔑まれる

 

気が狂わなきゃ、奴らのルールになんか従えないさ

 

労働者階級の英雄ってのはちょっとしたもんだぜ

 

 

 

奇妙な20年、拷問し、おどかし続けたあげく

 

やつらは職業を選びなさいとぬかすのさ

 

そこ頃にはもう、じぶんは役立たずじゃないかって、恐怖でいっぱいになってるのに

 

労働者階級の英雄ってのはちょっとしたもんだぜ

 

 

 

宗教とセックスとテレビにひたり続けていれば

 

自分は利口で、階級なんか超越し、自由だって思えるだろ

 

だけどおれからみれば、てめーはどん百姓さ

 

労働者階級の英雄ってのはちょっとしたもんだぜ

 

 

 

てっぺんにはまだ空きがあるってやつらは言う

 

だけど、まず微笑みながら殺せるようにならなきゃ

 

丘の上のやつらみたいになりたいならね

 

労働者階級の英雄ってのはちょっとしたもんだぜ

 

 

 

労働者階級の英雄ってのはちょっとしたもんだぜ

 

てめーも英雄になりたいなら、おれについて来な

 

元の詩にある放送禁止用語はさけられても、また放送禁止用語が入ってしまう。この国ではあまり人の耳にふれることもなく、人気もイマイチなのはだからなんだろうか。

賢けりゃ憎まれ、バカなら蔑まれる

なんてあたりは、「内集団の美徳は、外集団の悪徳」っていうやつで、これは大分前に書きかけていて、この記事を書いている時点でまだアップできていない。

他にも思い浮かぶことはあるんだけど、まとまらないんで、今日はこれだけ。

とっぴんぱらりのぷー

2012年4月23日月曜日

時間等曲率漏斗

あるいは、なぜ、世界にはいくつもの「正しい」があるのかだ。

時間等曲率漏斗(クロノ・シンクラスティック・インファンディブラム)というのは、カート・ヴォネガットの小説「タイタンの妖女」*1っていうのに出て来る。では、ちょっと長い引用をば、

そもそも時間等曲率漏斗クロノ・シンクラスティック・インフャンディブラムの簡単な説明というもの自体が、その道の専門家にとって腹立たしいことであるに違いない。それを承知で最良の簡単な説明をえらぶとすれば、おそらく<いろいろなふしぎと、なにをすればよいかの子ども百科>第十四版におさめられたシリル・ホール博士のそれではなかろうか。出版元のご好意により、つぎにその項目の全文を引用することにしたー
クロノ・シンクラスティック・イファンディブラム もし、きみのバパが、地球のいままでのだれよりもりこうで、どんなことでも知っていて、なんにでも正しいことがいえて、そのうえ自分が正しいことをちゃんとしょう明できる人だったとしよう。つぎに、ここから百万光年むこうの、あるすてきな世界にもひとりの子どもがいて、その子のパパは、そのとおいすてきな世界のいままでのだれよりもりこうな人だったとしよう。その人はきみのパパとおなじぐらいりこうで、おなじぐらい正しいんだ。どっちのパパもりこうでどっちのパパも正しいのさ。
だが、もしかしてこのふたりがでくわしたら、きっとたいへんなぎろんになるだろう。なぜって、ふたりははどんなことにも考えがわかれるからだ。うん、きみならきみのパパが正しくて、よその子のパパがまちがってる、というかもしれないね。しかし、宇宙はすごく大きいところなんだよ。だから、すごく大ぜいの人間がみんな正しいことをいって、それでも考えがわかれるってこともあるわけだ。
どっちのパパも正しいくせに、それでもたいへんなぎろんになるのは、 いく通りもの正しさがあるからだ。しかし、この宇宙には、そこへいけばどっちのパパもむこうのパパがなにを話しているのかわかるような、そんな場所がいくつかある。そんな場所では、いろいろなしゆるいの真理が、きみのパパの太陽時計の部品みたいに、ぴったり一つになっている。そんな場所のことを、クロノ・シンクラスティック・インファンディブラムという。太陽けいには、たくさんのクロノ・シンクラスティック・インファンディプラムがあるらしい。いままでにたしかめられた大ものの一つは、いつも地球と火星のあいだをうろついている。それがわかったのは、ひとりの地球人と一とうの地球犬がその中へとびこんだからだ。
ひょっとしたらきみは、クロノ・シンクラスティック・インファンディプラムの中へとびこんで、いろんな考えかたがどれもぜったいに正しいとわかるのはすてきだろうな、と思うかもしれないが、それはすごくきけんなことなんだ。いまいったかわいそうなおじさんと犬は、空間の中だけじゃなく時間の中にも、うんと速くのほうまでばらばらにちらばっているのさ。
クロノは時間といういみだ。シンクラスティックというのは、オレンジの皮みたいに、どっちの方向へもおんなじように曲がっていることだ。インファンディプラムというのは、ジュリアス・シーザーやネロのような大むかしのローマ人が、じょうごのことをそうよんでいたんだ。もしきみがじようごってどんなものか知らないなら、ママにそういって見せてもらうといい。
(前掲書 浅倉久志訳 早川書房 東京 2009 p20)

この引用部分自体が、架空の科学事典からの引用という形をとっているからややこしい。相対論だか量子論だかにひっかけた部分はSF的ヨタ話で、要はこの世界には、思考の枠組みというか、よって立つところの文化というものが複数あるので、それに規定された「正しい考え」っていうのもいくつかあって、それを一致させるなんてのはほとんど不可能であるっていうか、それが可能な視点なんかに人間が立つことができたら、その人は太陽からペテルギウス星までばらまかれるというか引き裂かれてしまう、っていうかそのぐらい大変なことなんだ、ってことなんだと(ある思考の枠組みに従って)僕は思う。とまたまたややこしい。

「正しい」っていうのがどういうことなのか、ってこともくせ者で、これも突き詰めて考えていくと「『正しい』っていうのにもいろいろある」っていう二重かぎ括弧つきのややこしいんだかややこしくないんだかわけわかんない結論になってしまうんだけど、とりあえずふつーに考えた場合は、世界には事実っていうものと意見っていうものがあって、事実に関しては何が正しいか間違っているかはっきりしてるけど、意見に関しては絶対に正しい意見っていうのはありえない、ってことになってる。同じ事実に関して2つの意見があるっていう場合、この意見は立場というか(さっきも言ったしこれからも多分頻出だけど)思考の枠組みによるのでどちらが正しいともいえないってことになる。それでも、意見についてだって、みんなが、あっちこっちで、こっちが正しいのあっちが正しいのとあーだこうだとかやってる。でもね、それはどっちが正しいってことではなくって、どちらの立場が適切なのか、ってことなんだ。ここまでで十分またまたややこしいけど、もっとややこしい話を後でする。んでまた後でする話ほどややこしくはないけどちょっとややこしいことに、事実についての記述でさえ、ある時まではこの記述が正しいとされていたけど、後になって、別の記述が正しいとされるってことがある。特に事実に関して厳密な記述をする科学の世界でそういうことがあるんだ。まあただこの場合はふつー、後から出て来て、科学者のみんなに認められた記述の方が(以前の定説を近似的に含んだりしながら)正しいってことになる。この場合の、ある時代の科学者に共有された思考の枠組みをパラダイムって言う。細かい事実の記述の修正はしばしばあっても、このパラダイムの転換ってのはそんなにない。人類の歴史を通して数回くらいみたい。この話の肝は、事実と意見の区別っていうのもいうほど簡単じゃないよってことなんだけど、

それはともかく。

「正しい」とか「間違ってる」って判断をするのは人間なんだけど、何にもよりかからくて判断するわけじゃないそこに「思考の枠組み」とか「ものの見方」っていうものがあって、これは個人的なものなんだけど、これもただ孤立してあるもんではなく、その「ものの見方」をささえる「文化」ってものがある。それはある社会に属する人間のふるまいの総体、そこから共有されるようになった物や事だ。動物の場合はほとんどの行動が生得的に行われるわけだけど、人間の場合生まれてからこの文化を学習することによって行えるようになるものが多いんだ。人間が動物より、無力な形で生まれてきて、その一生のかなりの部分を、子どもあるいは大人になる前の勉強している若者として過ごさなくちゃならないのはそのせいだね。犬がある程度の大きさの石ころを見たら、その上に乗っておすわりとかねそべったりできるって考えるのは、大部分生まれつきだけど、人間の場合、椅子は腰をおろすものだって分かるのは生まれつきの部分より、生まれてからこの文化を身につけることによる方がたぶん大きい。

しかも、この地球上には、異なる文化を持った社会ってもんがいくつもある。たとえば、アメリカ人ならドアの把っ手が縦についてるか、横についているかで、そのドアが押すものか引くものかがわかるけど、日本人には分からない、それはアメリカ人の文化にはそういうコードがあるけど、日本人の文化にはないからだ。

「思考の枠組み」とか、「文化」とか、「文化によって規定されるものの見方」とかいうことぬきにしても、世の中にいろんな相容れない意見とかものの見方があるってことは、ニュースとか見てれば分かるでしょ。アメリカって国があって、アルカイダって人たちがいて、お互いに相手が間違ってて、自分が正しいって言ってる。

イランって国があって(あるいはイスラムっていう宗教があって)、イスラエルって国があって(あるいやユダヤ教っていう宗教があって)お互いに、相手が間違ってて、自分が正しいって言っている。

たまに自分が間違ってて、相手が正しいって言うのがこういう時にあればいいって思うんだけど、そういうことは、くにとか宗教においては滅多におこらない。くにとか宗教とかって但し書きをつけたのは、こういう人間っていうか知的生命体っていうかの集団については、フラクタル*2的な構造があって、くにの中にもいくつかの考えの違った集団があったり、その集団の中でもそれぞれ考えの違った個人がいたりして、たとえば個人のレベルなら、間違いを認めたりすることが、よくあることではないにしろ、集団の場合よりは多くあるからだ。チョー下手な絵でこの関係を下に示すけど、個人の中にさえいくつもの考えがある。たとえば誰でもハムカツとかケーキとかを目の前にすると、心の中に天使と悪魔が現れるだろ。さらに人間の思考っていうのがおそろしいのは、この天使とか悪魔の内部にすらいくつもの考えがある状態を想像できることだ。こういうのを再帰性っていって、言語とか人間の思考の構造そのものの中にくみこまれているみたいだ。それはともかく、国際社会とかの上にはなんにもないかもしれないし、あるかもしれない。火星人がいるかもしれないし、ノンマルトの使者(ウルトラセブン#42)なんてのもあったし、地底人とか最低人(©いしいひさいち)だっているかもしれない。まあ、このレベルになると想像上のものになってしまうわけだけど、そういうことをぼくらが想像できるってことは大事なことだ。

終身斉家治国平天下

この図には、絵が下手だと言うこと以外というにも問題があって、たとえば国とかと宗教とかは同じレベルに存在していても機能の違う集団だから、並立しているんではなく複雑に重なり合っているし、一人の個人が地域社会とか会社なんかに関しても、たくさんの集団に属しているっていうことはよくあることだし、家族っていうのと会社がまったく同じって場合もあるわけだし、そういうややこしいところが簡略化されているし、正確に描かれていない。だから言葉で補わなければならないんだけど、この図の中で一番大事なのは、個人<家族<?<国の4つだ。

現代に生きる僕たちにとっては、国っていうのはほぼ社会とイコールだ。で、この?で書いたのを中間集団っていう。定義からすると、社会=国家のある公的な領域と、個人ー家族のあるプライベートな領域とのなかだちをする集団で、かつてはこれがムラとか、おおむね、一緒にお祭りをやる集団だったわけだけど、この部分の力が弱くなって、会社とかPTAとか一過性の機能集団の方に吸い上げられているのが現代の問題なわけだけど(これだけ豊かな社会でも孤独死なんてことが起きるのはこのせいだね)、その話はちょっと本筋からずれている。

本題は、世界にはなぜいくつもの「正しい」があるのか、というより、同じ社会の中ですら、あるいは、君たちに考えやすい例でいけば、一つの教室の中にも2つの「正しい」があるのか、ってことだろう。「正しい」側と、「間違ってる」側が存在するわけじゃない、どちらも自分は「正しい」と思ってるっていうか、たぶん自分のやってることを間違ってるって思いながら「差別」とか「いじめ」をする人なんてめったにいない。

でね、こういう時、社会の中に、教室の中に壁ができる。この壁は社会や教室を一つの丸としてえがくと、こういう形

Bakanokabe 1r

ではなく、

こういう形

Bakanokabe2r

をしている。

なぜかというと、社会や教室の中ではこの壁の両側にいる人々の関係が対称的なものではないからだ。

いじめる側、差別する側、「殺す側」って言ってもいいね。いじめられる側、差別される側の方は「殺される側」って言ってもいい。ここでふしぎなのは、同じ文化を共有しているはずの社会の中で、なぜ対立が起って、いくつもの「正しさ」がうまれてしまうのか、ってことと、教室の中には、いじめもしなければ、いじめられるわけでもない人もいるし、社会の中でも、差別されているわけじゃなくても、「差別なんていけないことだ」と思っている人もいるけど、その人たちはどこにいるかってこととかだ。次はそんな話ができたらいいなあ。


*1 ヴォネガットって人は5年前の2007年になくなったので、それから昔の作品も再販されて、この作品もこんな表紙で出てる。

タイタンの妖女表紙新

でも僕が、うん十年前に読んだ時は、こんな表紙だった

タイタンの妖女表紙

表紙だけじゃなくて、裏表紙の作品紹介も新しくなっていて、うん十年前は、「心優しきニヒリスト、注目の作家ヴォネガット」と紹介されていたのが、2009年には「巨匠」ってなってる。ヴォネガットみたいな人をそういうくくりに入れるのもなんか違和感があるんだけど、とにかく合掌瞑目。

*2 フラクタルっていうのは最近というより2011年に転けていた変態ロリアニメのことではなくて、部分と全体が大きさこそ違え同じ構造を持っているような集合のことをいう。自然の中には、フラクタル的な構造というか形がいっぱいある。樹なんか見てると、枝がそういう形だし、葉っぱ一枚見てみても、葉脈がまたそういう形だね。

2012年1月12日木曜日

殺す側と殺される側

「殺す側」なんて言葉を見て、ぎょっとしたかい。僕らの世代以上だと、この言葉を見ると、本多勝一って人のことを思い出す。今や、そんな人もいたのか、程度だけど(この人が嫌いな人っていうのはいっぱいいて、そういう人にとっては、未だにこの名前は呪詛の対象、っていうと言い過ぎ かもしれないけど、まあ、この人にだまされたとして恨んでいる人もいっぱいいるみたいだ)、30年くらい前はいやどうして、たいしたもんだった。で、最近、某所で、

まあ、東電も大きな意味で被害者なんだろうけどね

という言葉に対して、

いや、やっぱり東電は「殺す側」でしょう

と返したら、まあいろいろあって、民主主義云々の話になって、僕が

これは、民主主義を理念としてとらえているからではなくて、単に、民主主義の理念を誤ってとらえているからでしょう。

とやったら、

というようなKARAさんの言葉は、まさに「正義と邪悪」を選別する言葉ですね。こういう思考をしているから、「殺す側」という色分けが簡単にできるのでしょうね。

 

「理念を誤って捉え」っていうのは、あくまでKARAさんの認識であって、それは人によって違うでしょう。「人によって違うこと」は、議論や学問の対象にはなっても、人々の共通の財産にはならないのです。人と人が共有化し共通の財産となるものは、「制度」であり「手続き」である、というのが私の言いたいことです。

とやられてしまった。

まあ、「民主主義の理念をあやまってとらえている」程度で、しかも、議論の相手の民主主義の理念のとらえかたが間違っているといって非難したわけでもなく—そもそもその人は「民主主義は理念ではなく、制度である、あるいは、民主主義の理念なんてのはひとそれぞれいろいろあるんだから、そんなことを問題にすべきではなく、ただ制度としての民主主義に従うことで世の中うまくいくんだ」と主張しているわけだから、とりあえず正しいも間違ってるもないわけだ、ただ、それがやはりある種の理念に基づいたものの見方なんじゃないかってことは後述—「正義と邪悪」なんてことを言われたのにはちょっと参ってしまったし、理念というのは認識の枠組みなんだから、共通の理念っていうのがなければ、そもそも「正しい」とか「間違ってる」っていうこと自体できなくなんんじゃないかとも思った。で、そういうことを頭の隅におきつつ、ちょっと返信を返したんだけど、この後議論は完全にすれちがってしまうんだよね。そのすれちがった議論もどうでもいいわけではないけれど、そういう議論は往々にしてすれちがったままだから、とりあえずその同じ場で言い返すのはやめにした。で、そのすれちがった議論はともかくとして、ここまでで、「民主主義の理念」はどういうものか、っていう以上に大事な問題が現れている。 それは、「文化とはどういうものか」、とか、「なぜ、正しいことはいくつもあるのか」、だ。 民主主義も大事ではあるけれど、この後の方の問題は、3.11の後(9.11の後かもしれない)の社会のありかたにとって、時宜を得た話題だし、ぐるっと回って、本多勝一がなぜ、「殺す側」なんてどきっとするような言葉を使ったのかとか、こういう言葉を使わなければはっきり見えてこない、日本の社会の性質ともかかわってくる。

ちなみに、殺す側の論理、っていうのと殺される側の論理っていう本があって、僕が若かった頃は朝日文庫っていうのにはいっててて、どこの本屋でも手に入ったけど、今はふつーの(新本をあつかう)本屋にはないみたい。青空文庫で読めるほど古くはないので、読みたかったら図書館でさがしてみよう。ひょっとしたらうちにもあるかもしれないけど、うちで探すより図書館で探す方が早いかも(とほほ)。

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この項続く。それにしても表紙からしてギョッとするね。

2011年12月23日金曜日

菅生沼

次も戻って行った方の話が書けなかったので、恥ずかしくて公開してなかったんだけど、年末に鳥見に行った時のことは書き置いていたので、次のと一緒に公開。

寒いので、もう日ものぼりきってから家を出る。菅生沼の天神山公園へ、橋の手前の駐車場に車を停めて行く。いや、数えるのもめんどくさくなるくらいのコハクチョウがいました、いや、ほんとに数えなかったんだけど、後で思い出すと200羽くらいはいただろうか。その倍以上オナガガモがいて、マガモとコガモが少し。遠くにアオサギ。

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関東平野に、白鳥が飛来するところは他にもあって、2006年のお正月には、23区内の善福寺公園に来て、NHKニュースにもとりあげられていて、人だかりしていた。その時は白鳥の数より人間の数の方が100倍くらい多かったが、ここでは人間より白鳥の方が100倍くらい多い。それはともかく、この鳥の野生の姿が観察できるのは、関東ではここぐらいだろう。

下の写真では、左手前と奥に、羽根が灰色で、くちばしの根元がピンクがかったのがいるが、これが、みにくいあひるの子、今年生まれた幼鳥というか若鳥だ。頭から首がうすよごれている鳥も多いが、これは沼の底の泥の中をあさっているせいで、十分に餌付けされているところだと、白鳥の首はきれいなものだ。こんな写真がコンデジの広角標準ズームレンズでとれちゃう。

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じっとしてると寒いし、犬の散歩もかねているので土手の上を歩き始める。雲間から差す光(Jacob's ladderとか大島弓子風にはレンブラント光線)がきれい。

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目に映った景色を焼き付けようとシャッターを切ったが、うまくいかない。この道はいばらぎヘルスロード103 菅生沼遊歩道というらしい。 歩いている間、ずっとチュウヒが遊弋しているのが見える。ホシハジロの小さな群れの上をしばらく旋回してが、あのくらいの水鳥を襲うこともあるのだろうか。 あし原からチョウゲンボウが風にあおわれるように飛び立つ。

橋のたもとから、工事用の仮道ができていて、遊歩道を延伸するための工事をしているみたい。橋のたもとに、このあたりで観察会などをもよおしているグループがニューズレターを入れている箱がある。中に一部しか残っていなかったのでとらなかったが、それによると、今年はオオハクチョウも来たり、フクロウがいたりしたみたいだ。橋のところから、北の方をながめると、雪化粧の山が遠くに見える。日光の男体山だろうか。 沼を向こう側にわたって歩く。時々、やはりチュウヒが現れては、見えなくなる。ツグミを見かける。シロハラの声がする。カワラヒワ、モズ、ジョウビタキも姿は見られなかったけど声が聞こえた。時間が悪かったせいか、カラの群れも見れなかったけど、シジュウカラ、コガラの声は聞こえたような。カシラダカの群れがいる。ふつーの冬鳥だが、見たのはほんとに久しぶりだ。

遊歩道は、途中で堤がくずれて陥没してるところが通行止めになっている。写真のずっと奥の方で土手が崩れているのだ。こんなところにも震災の爪痕が残っていた。

2011年11月23日水曜日

野山北公園

鳥を見に、というより、ほとんど犬の散歩のために野山北公園に行く。

このあたり、狭山湖周辺の丘陵は水源林であるために開発の手が入っていなくて、山野の鳥を見るにはいいところ。20年以上前から通っているが、この10年来、公園としての整備が進んで、東京都側では野山北公園、埼玉県側では、さいたま緑の森博物館というのができている。六道山公園というのは昔からあった。 野山北公園事務所からちょっと下ったところの駐車場、里の紅葉のベンチマークにしているイロハカエデの木がある。まだらに枯れたような感じで今年の紅葉はどうやら外れ。 丘陵の尾根道に上がる。

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最近のデジカメはたいしたもので、きれいな紅葉はとてもきれいに、きれいでない紅葉でもそれなりにとれてしまう。写真といっていいのかどうか疑問だけど。


カラたちのツピツピよりもコゲラの声の方がよく聞こえる。スズメは見かけない。ヒヨドリの声も聞こえるが、ガビチョウの声が聞こえないのもふしぎなくらい。とはいってもガビチョウの地鳴きってどんなのか知らないのだった。どっちにしても歩き始めたのが11時過ぎだから、鳥が一番不活発な時間なのでしょうがない。

尾根道を少し歩いて、里山民家の方に下る。ここは公園として整備される前は、不法投棄されたゴミで谷戸がうまっていたところ。ゴミを片付けて、耕耘したら、土中にうもれていた種が芽を出して、里の田んぼの生態がだいぶ回復して来ているみたい。里山民家は名主格の農家を移築したか新築したかで蔵つきの立派な建物。ボランティアの事務所になっているプレハブも併設されていて、いろいろ面白いことをやっている。

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ちょっとわかりにくいけど、いちばん左の茅葺屋根が里山民家



それはともかく、里山民家についたあたりで、ハシブトガラスの声がうるさい、なんかモビングをしているみたいだなと思ったら。オオタカが現れた。しばらくして、もう少し翼がとんがっていて、尾がもう少し長くて、飛翔の途中で時々羽ばたきをはさむ同じぐらいの大きさのワシタかも同じ空に現れる。ハヤブサじゃないか。そのうち同じ空にトビも出て来た。時間が悪くて、冬鳥は全然だったけど、ワシタカが3種も見れたので、まあよしとしよう。

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この空にオオタカだのハヤブサだのトビだのが舞い飛んでいた

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田んぼに水が張ってあった。二期作をやってるのかしらん。

もういちど尾根に上がって駐車場に戻る途中、キジの声は遠くで聞こえた。

印旛沼のあたりでも、このあたりでも、こういう丘陵地帯っていうのは、古くから人が住んで来た場所だったはずだ。印旛沼のあたりは低いところは湿りすぎていてなかなか耕作に向かず、このあたりの低いところはまた逆に水が得にくくて耕作にむかなかたけど、丘の谷間に水が湧き出る、谷戸と呼ばれるところがいちばん水田にしやすかったので、そういうところに古くから日本人が住んでいたのだと、何かで聞いたことがある。この辺ではどうだか知らないけど、印旛沼のあたりだと、谷戸でコメを作って、丘の上に畑を作って、かなり自給自足みたいな生活ができたんだと。ただ、時代がくだると、こういうところの田んぼは水温が低いせいで収量があがらず、放棄されたところも多かったのだと。それだけではないのだろうけど、高度成長期の後半にはここいらもゴミの山になっていたわけだ。

20年前くらいに、この辺にサイクリングに来た時。里のお寺で話をきいたことがある。その20年前の10年くらい前には鳥も姿がほとんど見えず、今日歩いたようなところもマムシが多くてとても立ち入ることができなかったけど、このごろ(というのが20年前)タカが戻ってきて、蛇が減って、だいぶ歩きやすくなってきたのだと。

まったくのウィルダネス(原生というか本来の意味での自然というか)というのはヒトが住みやすいところではないし、見捨てられてあれはてて生命の循環が保てないようなところにもヒトは住めない。適度にヒトの手が入って、維持されて、そこに、虫はもちろん、カエルやヘビも、スズメもタカもカラスも、タヌキやキツネも住んでいるっていうあたり、こういうところが人間にとっていちばん住みやすい場所だったはずだ。

前述のように、ここの埼玉県側は、さいたま緑の森博物館っていう。こういう場所での人間の営み自体が、今や博物館の陳列物になってしまっているわけだ。いやそれがいけないって思っているわけじゃない。こういう場所はもっとできなくちゃいけないし、こういう場所での暮らしをおもいだすことで、これから僕らがどう暮らしていくのか考えなくちゃいけない。

それにしても、都会暮らししたことのない僕でも(あるいは都会暮らししかしたことがないからかもしれないけど)、なんとも言えない郷愁を感じる。なんかジャニーズのアイドルグループがやっている番組のコーナーで、村暮らしをするようなのがあって、結構人気もあったようなのは、こういう郷愁に支えられているんだろうな。そういえば、あの村は福島原発の避難区域に入っていたんだ、と、鳥見の話のつもりがどうしてもそこに戻って行く。

次はなんとかまた、戻っていった方の話を書きたいと思います。

2011年11月14日月曜日

甚兵衛渡し

3.11の震災/原発事故思うことや、考えをまとめておきたいことは多々あるのだけれど、あまりあせっても書けなくなるので、ぼちぼちやっていくことにして、今日は全然違う話題。 久しぶりに北印旛沼に鳥を見に行ったので、その記録。とはいえ、フィールドスコープは持たず、図鑑も忘れるという体たらく。 15、6年前頃、今回の目的地よりはだいぶ南西の方になるが、佐倉の手前の四街道というところに住んでいたので、この辺りにはおりふし鳥を見に来ていた。北総丘陵地帯でも奥の方で、今住んでいるところからは遠いので、当時以来、本当にひさしぶりだ。 通って居た頃は、何もないところだったので、東関道のインターをおりて、にぎやかなところのコンビニでおにぎりとお茶を買って行く。 このあたりの道は、坂をのぼると視界がせまくなり、おりて行くと視界が開けて水田が広がる。干拓される前は水田の多くも沼か湿地だったんだろうが、いずれにしろ、こういう風景は、海岸の風景、山間いの風景とならんで、日本の原風景の一つだと、誰かが言っているかもしれないけど、あまり聞かないので自分で時々言っている。 北印旛沼に鳥を見に来る時は、いつもここにくる。義民惣五郎の悲話に出てくる、甚兵衛渡しのあたり。かつて渡し場があったあたりに見事な一群の松(水神の森とか甚兵衛の森というらしい)があって、小さな公園になっている。以前もそうだったが、今回もここに車をとめる。 昔はみかけなかった高架橋が、印旛沼方面の視界をさえぎっている。どうも鉄道らしい。 P20111113 1 公園の道をはさんで向かい側にもコンビニができていて、イオンモールまで何キロとかの看板もあって、だいぶ様変わりしている。 水辺というか甚兵衛大橋の方に向かう道も、細い道なのに交通量が多く、これも様変わり。水辺までは500 m強あって、歩きにくそうだと心配したが、車道の脇に、歩道というのではないが、歩けるところが続いていた。 DSCN0607 高架橋は、成田新高速鉄道というらしい。 水辺に出るまでに、スズメ、ハシブトガラス、ハシブトガラスにはご対面したり、声を聞いたりしていたが、水辺についたとたんにモズの高鳴きが聞こえてくる。電線の上だった。あたりを見渡すと、ダイサギ、コサギ、アオサギ、マガモ、カルガモなど。遠くにトンビが飛んでいる。カイツブリを見つけるより先にカンムリカイツブリが目にとびこんできた。マガモはかなり神経質で、近づくと逃げたり隠れたりするが、カンムリカイツブリの方はそういう様子もなかった。ホオジロが巣を守っているような様子でさえずっている。今年は異様に暖かかったというか、暑かったから、まだ巣をかけているんだろうか。 カワラヒワがキリコロいいながら空を飛んでいく。カワセミもじっくりはみれなかったけど、青い閃光として何度かみかけた。 土手の上を歩いていると、行く手にワシタカの姿が、チュウヒだった。しばらく見ていると、少なくとも2個体はいるみたい。 ヨシ原の中に、オオジュリンみたいなのが見えたような気がしたけど確認できなかった。ハクセキレイが飛んでいるのでもひさしぶりに見るので楽しい。 晴れていて、気温も湿度も高く、暖かいというより、ちゃんと秋の恰好をしているとちょっと暑いくらいだろうけど、刷毛でかいたような雲も出ていてすっかり秋の空。満足して車に戻る。 車を出して、甚兵衛大橋を渡り、成田線の方へ。小林のあたり、から木下へ向かう。途中、以前見たおぼえのない大きな集合住宅をいくつも見かける。 DSCN0618 木下の駅、昔の木造駅舎は建てかわっていたが。駅前のせんべい屋さんはそのままだった。 DSCN0619 30年前、僕が東京に出てきた頃には、まだ、野菜の行商をする女性を見かけることがあった。その後、花森安治の「千葉のおばさん」という文章(「一戔五厘の旗」所収)を読んで、その女性たちから、主に、このあたりから東京に出てくるのだと知った。というより、その文章はとうに読んでいたのだけど、頭の中でぜんぜん像を結んでいなかったのが、多少ともこのあたりの風土とのかかわりが出てきて、そんな文があったことを思い出して、読み直してみたのだと思う。 そっけなく置いてある、せんべい(醤油味の一種類だけ)を買い求めながらそんなことを思い出していた。 家に帰って、福島から飛んできた放射性物質もほんのちょっとだけ入っているお茶を入れて、せんべいを食べながら、この文章を書いている。で、つらつらまとまらないことを考えているのだけど、 もう、あのあたりから、東京へ野菜の行商に行く女性なんていないだろう。別に始まったのも関東大震災の直後だというし、昭和が終わる頃には、もうおわっていただろうからたかだか5,6十年の歴史だ。 野菜の行商自体は、たいへんな重労働だし、貧富の差を前提としているところもあって、なくなって良かったし、なくなるべきものだったんだろうとは思うのだけれど、その背景あったくらしのかたちはどんなものだったんだろうか、ってことが気になっている。 結局実現しなかった新幹線にかわって、成田空港と東京を結ぶきれいな鉄道ができた。便利になるのはいいことなんだけど、一言で言うと、便利になるのと一緒に、世界がどんどん平らになっていくような気がするんだね、通過するだけの場所になるような。 うまく言えない、とりあえず今夜はここまで。

2011年10月3日月曜日

「公害」について

情けないことに、9月は一回も更新できなかった。この前更新したのは8月の初めだから2ヵ月もほおっておいたことになる。この「公害」については、僕がほんの小学生くらいだった時からずっといろいろ考えていることで、それでもなかなかまとまらないんだけど、まとまるのはいつになるかわかんないんで、とりあず上げることにした。

一枚の写真

Aちゃん、”Tomoko in her bath" (W. Eugene Smith1971)、って写真を見たことがあるかい。胎児性水俣病の女の子とその子のお母さんが入浴しているところの写真。一時、中学校とかの社会の教科書には必ずといっていいほどのっていたから、ある世代の人の目には必ずふれていたといってもいいくらい。でも2000年頃に、写っていたご本人たちからの申し出により、著作権を管理していたアイリーン・スミス*って人が、新たな出版物に使われることを差し止めたので、なかなか見る事ができなくなってる。とても残念だ。すばらしい写真だからね。

絵画って、目に映らないものを、見せてくれることがあるだろう。写真は、そこにあるものをただ写しているだけだから、そんなことないって思うかもしれないけど、その写真なんかを見ればそれはちがうってことがわかる。たとえその場面を生で目にしても僕らみたいなぼんくらにはわからないようなことが、そこには写っているよ。もちろんまず何が見えるかは、人によってちがうだろう。病気の悲惨さとか、むごさをまずまず感じる人もいるだろうし、暴力っていうものを見る人もいるだろうし、もちろん愛情ということを見る人もいるだろう。僕の目にもそういうものは映るけど(ほんとに映ってるんだろうかって思うこともあるけど)、この写真をみて、いちばん感じるのは、人を人たらしめるものは何かってことだ。君が僕を人たらしめている、僕が君を人たらしめている。人っていうのはね、動物とちがって、人と人との関係によって成り立っている。母と子の関係、写真を写す人と写される人の関係、その写真を見るぼくらとの関係、その他もろもろ。ちょっと話を広げすぎかもしれないけど、人っていうのはそういう、関係の網の目が作る社会によって存在しているんだ。だからね、ぼくらは、フクシマのことも、というより、福島にいる人たちのことを考えなくちゃいけないし、ミナマタのことを考えなくちゃいけない。突然で、文脈から離れてて、何のことだか分からないかもしれないけど、一万年くらい前にその辺で貝を掘ってた人たちのことも考えなくちゃいけないのかもしれない。国家なんてことについても考えなくちゃいけないのかもしれない、時にはだけど。

棄民

なぜだか、今度のことがあってから論語のことばをいろいろ思い出すんだけど、いわゆる「公害」のことを考えてると、教えざる民を以て戦う、之を棄つと謂う(子路第十三の30)、なんてのが頭に浮かんでくる。「棄民」っていうのの元になった文章だね。前段は、おしえざるのたみをひきいてたたかう、って読みもあって、いずれにしても戦争のことだから、若干状況はちがうにせよ、国民にその戦う相手のこと(放射能汚染)のことをろくにおしえもせず、しかも戦わなくていいなんてことまでいうわけだから、棄てていることに違いない。思えば、明治以来この国はずっとそうだったわけで、民は、谷中村で棄てられ、土呂久で棄てられ、インパールで棄てられ、沖縄で棄てられ、満州や樺太で棄てられ、水俣で棄てられ、神通川や阿賀野川で棄てられ(ほかにもあと6つくらいはすぐに思いつく、きちんと考えればもっともっとたくさんあるだろう)、ずっと棄てられ続けてきて、今でも棄てられていて、原発事故のことでも、今後何十年か、百年か棄てられ続けるわけだ。

棄てるなんてけしからん、とそういうことを言いたいんじゃない。僕も棄てられる側にいるのと同時に、棄てる側にいるのかもしれないからだ。だいぶ前のことになるけど、エイズ事件が話題になっていた頃、菅直人が厚生大臣だった頃だったか、ある人と水俣の話をしていた。水俣の時も厚生省(いまの厚生労働省)は所謂御用学者を作って、隠蔽に回った、チッソが排出している有機水銀が原因だということを示す報告をにぎりつぶしだんだね。今も昔もかわらない、ひどいですね、ってある人に言ったら、その人に、でも水俣の時はしょうがなかったんじゃないか、企業を守ることで、日本の経済は成長して、それでみんなが豊かになり、幸福になったんだし、とか言われた。で、その時はそれに反発してもいたんだけど、心の中で、そうなのか、しょうがないのか、と納得する部分があって、今回の原発事故が起こるまで、そういう気持ちがだんだん大きくなっていたんだ。 今になって考えてみると、それは全然納得なんかしちゃいけないことだったんだ。経済の成長と、そういう隠蔽工作とかはたぶんぜんぜん関係ない。基本的な対立軸はそんなところにはなくって、僕らが生きていくのにどんな技術を追い求めていくのか、原発や宇宙開発に代表されるようないわゆる「巨大技術」なのか、「中間技術/適正技術」なのかっていう問題で、前者を選んだとしても、企業は統治されなくちゃならないし、民主主義の社会なんだから情報は公開されなくちゃならない。そして、不都合なことが起きたら、なおさら、きちんと明らかにして、人がそれぞれ、対策をとれるようにしなくちゃならない。

チート的なやりかたで企業を守ったりしなくても、経済を発展させることはできたんじゃないだろうか。まあそれは議論の余地があるにしても、その果ての今になって、なぜ僕らは貧しくなることに恐れをいだき続けているんだろう。今、ぼくらの社会はそれなりに豊かで、食べるに困る事もないのに、ちょっと調子が悪くなると、毎日電車に向けて飛び込む人がいるのはなぜなんだろう。同じ疑問を何度もくりかえし考えている。

一言で言うと、僕らは、豊かになりはしたが、幸福にはならなかったんじゃないか。それはなぜなんだろうか、ってことだ。幸福度に関しては、いろいろな指標があって、かつて、世界で最も豊かで安全な国と言われていたこの国の幸福度は、以前にくらべれば落ちたとはいえ、客観指標でいけば、まだそこそこいいとこにいくんだけど、なぜだか、幸福っていうか満足を感じている人はその割にすくないっていうのはたしかなようだ、たとえば、この記事。ちょうど震災の前々日の記事だね。

「公害」という言葉

思うに、その問題を解くヒントの一つがこの「公害」って言葉だ。Wikipediaで「公害」のエントリーからEnglishにとぶと "pollution"って、そりゃぜんぜん違うだろって言葉になる。"pollution"って言葉を日本語に訳すと「汚染」ってなるね。「汚染」っていうと、たぶん汚した人がいるなり、汚した組織なり企業なりがあって、誰かなり、何かなりに責任をはたしてもら おう、っていう感じになのに、「公害」っていうと、なんかおおやけのことなんだから、みんなでがまんしましょうって感じになってしまう。

この、「みんなでがまんしましょう」ってのが、息苦しさの原因じゃないかと思うわけだ。そうすると、なぜ「汚染」が「公害」になるんだろうってことにもなるわけだけど、というより、これは「公」+「害」なんて言葉が成立しちゃう(この熟語自体は中国の文献にあるようだけど、汚染って意味で使われているわけではない)ところが問題だ。そして「公」って言葉の意味がね。おおむね英語に訳すと「公」とか「公共」ってのは"public"って言葉になるのだけれど、これも言葉の間をいききするときにゆがみが生じる。これについては長くなるので、またいずれ。


* アイリーン・スミスっていうのは、ユージン・スミスの何番目かの奥さんで、ユージン・スミスがこの写真をとったころは、作品を作る上での助手みたいなことをしてた人。ユージン・スミスは、1972年に、この水俣の水銀汚染を引き起こしたチッソっていう企業の千葉の工場を訪れて、暴行を受けて(この時のチッソの会長は、皇太子妃雅子様のお祖父さんだね)、片目を失明して、その6年後に亡くなってるけど、アイリーン・スミスはまだ、ユージン・スミスが生きていた間に離婚している。いろいろややこしい。