2011年5月5日木曜日

いいは悪いで悪いはいい

前回、「スモール・イズ・ビューティフル」から引用したけど、これはシューマハーって人が書いた本。で、 題はシューマッハーがケインズ卿の言葉として引用しているんだけど、これ、ケインズ卿が言った言葉じゃなくって、シェークスピアの「マクベス」に書いてあるんだ。魔女の言葉としてね。なんだかふしぎなんだけど、原発の事故があってから、いろんなところでこの「いいは悪いで悪いはいい」って言葉が聞こえてくる。魔女が言ってるんだか、魔獣が言ってるんだかわかんないけどね。

例えば、

  1. 放射能ってのは実験なんかで使うこともあって、そういう時は、放射線管理区域っていう、きちんと区切られた場所で使って、放射能をそこから外に持ち出しちゃいけないってことになってる。ほんでもって、そういうところの中であっても、放射能を使える場所は決まっていて、ほんの4万ベクレル程度の放射能を床にこぼしてしまったら、こぼしたところの床のリノリュームをはいで、コンクリ削って、放射能を含んだその削りかすとはがした床材を、しばらく専用の場所に保管して捨てるって、それはもう大騒ぎになる。ところが、今回全体としては、その16兆倍くらい*1の量の放射能がばらまかれてるのに、安全だがら、何もしなくていいそうだ。あるいはよけいなことはしない方がいいそうだ。最近は批判にさらされて、何かやりたければやってもいいよ、ってのも言ってるみたいだけど。
  2. 福島原発の事故を受けて、東京電力と、原子力安全保安院は定例会見を開いている。この会見、日本の記者クラブ向けのやつには、まだ人が来ているけど、4月25日、外国人記者クラブ向けの会見にはついに一人も対象になる記者が来なかった。その動画を見たけど、背筋が凍るような光景だった。だあれもいない会場に向けて、延々、淡々と発表を続けているんだよ。言葉っていうのは、だれかに向けてのものであって。心の中で、シミュレーションとして自分に向けてやることはあっても、声に出して独り言をやっていると、精神を病んでいるとみなされる、ところが、そこでは、社会的に正気とみなされている人たちがえんえんと独り言を声に出しているんだ。全く、魔女の結界の中みたいだった。
  3. こういうことに比べれば、小さな問題だけど、どうして「よいは悪いで、悪いはいい」になっちゃうのか、っていうのが良く分かるのは、東電は原発の事故があるまで、コジェネ*2で作られた電力を買うことを拒否していたのに、事故以降、頼んで回って買ってるってことだ。たしか、以前買わなかったのは、電力の安定供給がどうのとか、送電網に適合しないのどうのだったとかだったけど、今回買い始めたことで、それはやる気になればどうにかなったことで、本当の理由は別にあるってことが良く分かる。本当の理由っていうのは、もう言わなくても分かると思うけど、コジェネの電力買うより原発を作って動かした方が(社会全体にとしてどうかではなく、東電にとっては)儲かるからだ。

まあ、よいとか悪いっていうのは、立場にもよる。ある人にとって良い事が、別のある人にとっては悪いってこともあるし、ある状況ではいけないことが、ある状況ではいいってこともあるらしい。「1人殺せば殺人者だが(戦争で)100人殺せば英雄だ」*3ってやつだね。それでも、ある時まで、ある共同体の中で、ルールによって悪いとされていたことが、ある時から、急に良くなっちゃうってのは問題だ。

それよりもっと問題なのは、ある時までは、これが正しいとなっていたことが、ある時を境として突然、いやそれは違うってことになるってことだ。

これもね、「事実は存在しない、あるのは解釈だけだ」(ニーチェ)なんてこともあるから、やはり、人によってものの見方が違うってことはある。でも、これは、その人の世界観によってってことであって、一人の人が、ある都合である解釈をしていて、都合が悪くなったから別の解釈をするっていうのはおかしいんだね。それが端的に出ているのは、最近になって、TVに出てる多くの専門家が、放射能/放射線は100 mSvまでは安全って大合唱し始めていることだ。ついこないだまで、急性障害=非確率的影響に関しては閾値(いきち)ってものがあって、これ以下であれば影響がない、安全だっていうのはあっても、晩発性障害=確率的影響には閾値がなく、これ以下であれば安全ってことは言えないっていうふうに言われていたんだ。

これはね、思い切り平たく言うと、ある嘘が嘘だとばれちゃったから、こんどは別の嘘をつくことにしました、ってことだと思う。このことについては、話が長くなりそうだから、また別の日に書くけど、今、このことを書いていて思い出した言葉がある、それは「絶対安全剃刀」って言葉。これ高野文子って人のマンガの題名なんだけど、なんかおかしな響きがあるだろう。どうして、「安全剃刀」って言葉に「絶対」って言葉をつけるとこんなにおかしな感じになるんだろう。これは本来「絶対安全」って言葉だけでもおかしいってことをこの表現があらわにしているんだと思うよ。


*1 4月12日頃までに、福島原発から外にばらまかれた放射能の量が、原子力安全委員会の発表によれば、6.3X1017 Bq、これを元に計算した。半径30kmの円を描いて、その面積とふつーのおうちのリビングルームが20 m2くらいだから、これを比較すると、1.4億倍ってことになる。これが何を意味するのか、よーく考えてほしい。

2011/07/03 この項、間違いがあり、訂正しました。床にこぼした放射性物質と、今回の事故で漏れた放射性物質の量の比と、30 km圏の面積とリビングルームの面積の比をそれぞれ、京→兆、兆→億に訂正しています。ただ、面積あたりにばらまかれた、放射性物質の量の比はかわらず、30km圏をリビングルーム相当とすると11万倍くらいってことになる。

*2 コジェネレーションの略、外来語みたいだけど、日本語。詳しくはこちら

*3 チャップリンっていう20世紀で最も偉大とされている喜劇俳優の「殺人狂時代」っていう映画の台詞が元らしい。そもそも、戦争の原因は構造的暴力であるって言われるけど、そのもっと大元までさかのぼると、この、ある人にとってよいことが、ある人にとって悪いってところにいきつく。むずかしい言葉でいえば、共通善の問題ってことになる。ただ、共通善の欠如しているから戦争や暴力が起きるっていうんではなくって、共通善を求める努力を当事者同士が放棄した時に、暴力や戦争にいきつくんではないかって思うんだ。

1 件のコメント:

  1. おはようございます。「詳しくはこちら」はちゃんと跳びますね。よかった。なんでダメだったんだろう。うちは、firefoxです。

    返信削除